機動的原価計算・原価管理

公開:2021/8/6

原価計算は何のために行うのか?

 原価計算は何のために行うのか? 原価計算基準によると、その目的は 以下の5つである。要約して掲載する。
  ➀財務諸表に表示する真実の原価を集計する
  ➁価格計算に必要な原価資料を得る
  ➂原価管理用の情報を提供する(=標準原価と実際原価の差異分析を報告)
  ➃経営の基本計画策定に必要な原価資料を提供する
 このように、原価計算は製造する製品ごとの原価情報(上記➁➂)だけ でなく、会社全体・工場・製造ラインや工程ごとの原価情報などを事業遂行上の各種意思決定や計画・目標に対する実績管理のために、これを必要とする部門へ提供することも目的としている。この情報は『原価管理のための情報』と言う。
 製造業の企業では、ほとんどの部門が自部門が持つ役割を遂行・管理するために、原価情報を必要とするはずである。いや、必要としないはずがない。
 ただし、すべての部門が詳細な原価計算データのすべてを欲するとは限らない。自部門の役割に応じた部分的な原価情報だけでも十分である。また、その情報も月次決算終了後に一斉に各部門に提供されるのではなく、リアルタイム・稼働サイクル・日次・週次など、管理や意思決定に必要なタイミングで提供されなければ意味がない。
 では伺います。皆さんの会社では、各部門が欲する原価の詳細情報をその部門が欲するタイミングで、抽出・提供できていますか?  「できてない」と言われる会社があるとしたら、御社の原価計算制度には『原価管理のための情報提供』という思想が反映できてないのかもしれません。

必要な情報が抽出できないのは、原価計算制度に課題があるから

 製造業の各部門が必要とする原価情報を 原価計算データの中から抽出できるよ
うにするにはどうしたらよいか?
 私がある会社の原価計算システム更改プロジェクトに参画した際に、経理担当役
員から相談されたことが参考になるのでご紹介しよう。
 その役員がおっしゃるには、「製造過程で何らかの問題が発生したら原価は高く
なるはず、反対に現場が頑張って製造効率が上がったら原価は安くなるはずだが、
今の原価計算ではそれが見えない。システム更改に合わせて何とかできないだろう
か」ということだっだ。
 原価計算の算式には、一般的に数量や時間など、製造過程で発生する様々な状況
に応じて変動する要素を組み込む。例えば、製造中に作業員の不注意で部品を破損
してしまい、良品へ交換する必要性が発生したとしよう。製造部門は、品質管理部
門に事故(=製造仕損)を報告するとともに、部品在庫管理部門に修理用の部品を
追加要求しなければならない。
 部品在庫管理部門は、製造部門に対して修理用の部品を『計画外品』として出庫
する。部品表(=BL:Bill of Materials)に記載された必要数以上の部品出庫
となるので、この部品の価格分だけ材料費が高くなる。また、標準作業時間に対し
て追加の修理作業時間が発生するので、この時間分だけ加工費が高くなる。
 修理用部品の計画外出庫データおよび修理作業時間計上データに、製造仕損の発
生を判別できる何らかの情報を付加することにより、正常データとは区別して把握
することが可能となる。こうした工夫をすることで、原価悪化要因分析が楽に行え
るようになる。
 他方、設計変更により部品数の削減や廉価部品への交換が行われたり、製造部門
や生産技術部門の努力によって工程数が減り、製造時間が短くなった場合は当然材
料費および加工費が安くなる。
 このように、原価計算制度を設計する際に、算式に変動要素を組み込むことによ
って、前述の経理担当役員の悩みを解決することができるのである。
 さて、皆さんの会社の原価計算制度には、前述の例のように製造特性に応じた変
動要素が組み込まれていますか?

原価の良否を判断する基準を持っているか?

 前項で述べた通り、原価計算の算式に変動要素を組み込むことで、製造効率の変
動に応じて製造原価の変動を認識できる原価計算制度が構築できる。
 しかし、経理部門から提供される製造原価実績情報を見て、それが高いのか安い
のかを判断するには、何らかの基準が必要になる。前項の例示に記載したように、
製造仕損の発生を判別できる何らかの情報を原価計算データに付与するような運用
が徹底されていれば、改めて基準を設定する必要はないのかもしれない。が、製造
効率が向上した場合は、前述のような方法を適用することが困難なので、何らかの
判断基準がなければ、原価の変動(=低下)に気づくことができない。原価を変動
させる要因は多岐に亘るため、良否を判別するための基準は絶対に必要である。
 塗装工程を例に、具体的に説明しよう。
 塗装を完了した部品をチェックしたら、一部の箇所に気泡ができていることが解
ったため、塗料をはぎ取って再塗装した。このような場合、塗料消費データや再塗
装作業時間計上データに製造仕損を判別する情報を付与することができる。しか
し、塗装機のノズルに何らかの異常が生じ、仕損にまでは至らないが、塗装機から
噴出される量が作業のたびに変動しているような場合、原価の良否を判断するため
の基準がなければ課題を見過ごしてしまう可能性がある。
 発生した課題の発見と対応策の早期実行を実現するならば、製造している製品の
標準原価のみならず、原価計算の算式に組み込んだ主要な変動要素一つ一つに対し
ても判断基準を設けて、原価管理に関係する部門と情報共有しておくことが必要で
ある。
 こうすることで、月次決算終了後に提供される実績原価の詳細情報を待つことな
く、製造現場でも原価の変動を認識することができるので、変動要因分析や改善施
策の検討など、自発的な活動を促す効果が期待できる。

迅速な改善活動を促す原価計算制度を整備しよう

 前項までに述べた通り、製造原価を変動させる要素を原価計算制度に組み込むと
ともに、製造する製品原価の妥当性を判断するための基準を明確にして、関係する
部門に周知することで、日々の事業遂行に伴って生成される原価計算用の基礎デー
タを活用した機動的な原価改善活動を促す環境を作ることができる。
 この原価計算制度整備には、現在多くの企業が取り組んでおられると思うDX
(デジタルトランスフォーメーション)の思想に基づく、データ収集と活用に関す
る基礎知識が必要になる。大切なことは、『まずはデータを集めて、その後でデー
タの活用方法を考える』というやり方だけは採用しないことだ。このやり方だと、
投資効果が得られる可能性が非常に低くなる(=簡単に言うと”失敗”する)。
 正しくは、まず工程別の原価変動要因とその変動を把握するためのデータを明確
にし、変動の内容に応じた次のアクション(=詳細分析や改善活動の具体的な内
容)を明らかにした上で、制度整備とデータ入力および収集方法を考える。こうす
ることで、誰かの指示を待つことなく、責任部門が自発的に動き出す情報活用の体
系を構築することができる。
 体系整備に責任部門(=生産技術部門・品質管理部門および製造工程の各部門)
が関与しているので、後日生産方法が変わった場合でも、取得すべきデータや分析
方法・改善アクションの内容の見直しが遅滞なく実施されるため、制度の陳腐化を
防ぐこともできる。
 これから制度整備を行おうとされている企業があるようでしたら、特にこの点に
留意していただきたい。

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